

当社の歴史は1867年(慶応3年)、愛知県幡豆郡一色町で小麦澱粉・麩の製造に始まりました。
以降、戦後の人造米製造を経て、当社独自のコーンスターチ製造技術を開発。以来、コーンスターチや化工澱粉、糖化製品の
製造を手がけてきました。また、近年は生分解性プラスチックの研究も手がけ、総合澱粉メーカーとして無限に広がる澱粉の可
能性を追求しています。
沿革
|
|
初代倉地嘉六、愛知県幡豆郡一色町において小麦澱粉類の製造を創業。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
「倉地澱粉化学工業合資会社」設立。
資本金2,000,000円。
|
|
|
出資金を11,000,000円に増額。
全国小麦澱粉協同組合理事長に当社社長 倉地友次郎が就任。
|
|
|
|
|
|
多年研究中の人造米の大量生産方式による企業化に成功。
国は重要食糧政策として増産育成の閣議を決定。
名古屋営業所(現名古屋支店)を開設。
|
|
|
当社独自の技術によるコーンスターチ製造の企業化に成功し、コーンスターチの製造開始。
|
|
|
日本コーンスターチ株式会社」設立。
資本金5,500,000円。
大阪営業所(現大阪支店)開設。
|
|
|
倉地澱粉化学工業合資会社を合併。
資本金16,500,000円。
|
|
|
三代社長死去。倉地英雄が四代社長に就任。
資本金を49,500,000円に増資。
|
|
|
輸入原料の荷揚、保管のため、「中日本グレーンセンター株式会社」設立。
当社社長 倉地英雄が社長に就任。
資本金1億円。
|
|
|
|
|
|
農林省食品工業団地形成促進要綱に基づく「衣浦食品コンビナート協議会」設立。
当社社長 倉地英雄が会長に就任。
|
|
|
米国A.Eステーレー社と化工澱粉に関する技術提携契約締結。
衣浦食品コンビナート内の各工場へ、エネルギー源の供給。
排水の処理等の共同施設会社たる「衣浦ユーティリティー株式会社」設立。
当社社長 倉地英雄が社長に就任。
資本金2億5千万円。
|
|
|
日本コーンスターチ協会副会長に当社社長 倉地英雄が就任。
本社を名古屋市中区丸の内二丁目20番地19号に移転。
|
|
|
衣浦臨海工場のコンス工場、ミワ農産化工(株)の糖化工場完成操業開始。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
日本コーンスターチ協会会長に当社社長 倉地英雄が就任。
|
|
|
A.Eステーレー社とコーンスターチ、糖化製品に関する全面技術提携契約締結。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
当社社長 倉地英雄は、多年コーンスターチ製造業に携わるとともに関係団体の
要職にあって、業界の指導と斯業の発展に寄与した功績により、春の藍綬褒章を授章。
|
|
|
日本糖化工業会会長に当社社長 倉地英雄が就任。
TAPIOKA DEVELOPMENT CORP.,LTDに資本参加。
|
|
|
|
|
|
米国ミシガン州にエバーコーン株式会社を設立。
澱粉を主原料とする生分解性プラスチック事業を始める。
|
|
|
財団法人いも類振興会理事長に当社社長 倉地英雄が就任。
|
|
|
当社社長 倉地英雄、勲四等瑞宝章を授章。
日本食糧新聞社より、食品産業功労賞を受賞。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
倉地英雄が会長に就任。倉地聡一郎が五代目社長に就任。
|
|
|
|
|
|
モンドセレクションにて糖化製品が国際最高品質賞を受賞。
|
|
|
世界初、イエローコーンスターチがモンドセレクションで金賞受賞
|
|
|
愛知県 HACCP導入施設認定取得。
医薬品製造業許可証取得。
|
|
|
ホワイトコーンスターチがモンドセレクション金賞受賞、並びに糖化製品が5年連続金賞受賞
世界初、異性化液糖でモンドセレクション金賞受賞
イエローコーンスターチが3年連続金賞受賞で国際最高品質賞を受賞
糖化製品が6年連続モンドセレクション金賞受賞
アスベスト粉塵飛散抑制剤「ベストリムーバー」を販売開始
異性化液糖が日本食糧新聞社の優秀食品素材賞を受賞
|